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ストリップの誕生

 赤線・青線が一般化し始めた昭和22(1947)年、新宿「京都座」で、初のストリップ『ビーナスの誕生』が上演される。舞台に据え付けの大きな額縁の中で、乳房と腰を薄い布で隠した裸の女性が、ただポーズをとっただけの〝額縁ショー〟。動かなければ美術作品の裸婦像と同じ扱いだという、当局のお咎めを気にした演出家の思惑がそこにはあったとか。これが流行しだすと徐々に露出は激しくなり、全裸で踊ってもお咎めなしと見た劇場は、ますます過激にユーモラスに趣向を変えていく。そんな中、浅草には『常陸座』、『大都劇場』、『ロック座』が相次いで会館した。

 「確か最初は、演劇とかレビューの合間に踊ってたんだよ。オッパイも股間もまだ見せちゃいけなくてさ。次第にストリップ専門のところもできてきてね。伝統のアートっぽいのと、まな板ショーなんかの全裸をやるところと、二種類に別れたね。」(劇場関係者)

 舞台上でブランコに乗って魅せる〝ブランコショー〟、客席の真ん中にアーチの梯子(はしご)をかけて踊る〝立体ストリップ〟、風呂に入る〝入浴ショー〟、などなど…とにかく「際どく、楽しく、面白く」の三原則で一世を風靡した。まだヘアの露出は許されない時期のことである。
 『新宿セントラル』や『池袋アヴァンギャルド』などのストリップ専門劇場が増えていく一方で、『フランス座』や『ロック座』、『東洋絵劇場』などでは、幕間でコントが行われ、渥美清や萩本欽一、ビートたけしなどの、昭和を代表する喜劇人を輩出した。
 そして1960年、いよいよオールヌードの〝全スト〟が大阪を皮切りに始まり、70年代にストリップは、絵技術的な側面から、『白黒ショー』(男優と女優の本番)や『怪獣ショー』など、より過激な全露出路線を邁進し始めるのである。
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ストリップの誕生 風俗の歴史

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