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新風営法施行後の風俗

 1985年、「新風営法」が施行。届け出のない店舗の多くが検挙、廃業に追い込まれた。「売春防止法」、「新風営法」など、それまでは当局の締め付けにより、路線変更をよぎなくされた風俗業界だが、1987年に起きたエイズ問題は、法律とは関係のないところで起きた初めての大きな痛手てあった。

「特にソープはきつかったですよね。85年の『新風営法』の施行とのダブルパンチで、もう全国的に休業状態でしたから。」(歌舞伎町ファッションヘルス経営者)

 これに対して、安全性を売りに進出してきたのが、個室型のファッションヘルス。もともとノーパン喫茶やのぞき部屋だった店舗が、法改正を機に風俗としての届け出をし、〝キス〟〝フェラ〟〝スマタ〟などの粘膜接触を全て回避した手コキ特化のサービスでエイズ問題を克服したのだ。

「ウチみたいな安全なヘルスが繁盛したことで、同じタイプの店がたくさんできたんですけど。中には無届けの性感ヘルスもありました。やはり客はなかなか寄り付かなかったようですが。」(同経営者)

 ちょうど、この頃テレクラも全国的に乱立、愛人バンクに代わる素人女性との出会いの場として、認知されていく。
 平成になるとテレクラの人気にあやかってか、ダイヤルQ2が増え、未成年者の利用が社会問題になった。
 ソープは安くて美味い他の風俗に押され、衰退の一途を辿り、コスチュームプレイで女性が受け身でプレイするイメクラ、アナルマッサージを主体とする正看へルスが全盛期を迎えた。

「性感ヘルスとか、イメクラっていうのは、風営法以降にできた店舗型風俗で、正確には許可店ではなかったですよね。でもそれが長いこと放置されてきた。最近の取り締まりはその跳ね返りですからね…。」(風俗ライター)

 また、外個人の立ちんぼ増え、売春ツアーなど、とどまることを知らない男たちの性欲は海外へも向けられるようになった。
 一方で、ブルセラショップ、カップル喫茶、ハプニングバーなど素人系のマニアックな傾向が強くなり、それに答えるべく、アダルト産業のメディアへの流出も顕著になっていったのである。

 90年代も中盤を迎えると、インターネット環境が必需となる。国民的アイドルの宮沢りえがヘアヌード写真集を出したことに象徴されるように、女性が人前で〝脱ぐ〟ことの価値観や、ひいては、日本のアダルト基準を変えた。
 
 90年代後半には、援助交際が流行り社会現象に。

「昔は、風俗店で働く娘っていうのは、借金を抱えているとか、何かワケ有りの娘が多かったけど、ここ10年では、ただ働く気が無いとか、お金がたくさん欲しいっていう娘が増えましたね。」(歌舞伎町ファッションヘルス経営者)

 世紀末を前にして、立ちんぼやチョンの間、エステなどの裏風俗が乱立。

 2000年になると、素人系の流行がさらに増長し、イメクラやヘルスでも素人を売りにする店が増える。ITの台頭でアキバ系のコスプレやドールヘルスなどという変わり種も性感の亜種として増加。
 携帯やパソコンを介したネット産業は、全盛界に渡って浸透し、テレクラに変わって出会い系サイトが時代の潮流を作り始めた。

「援助交際は、淫行条例でだいぶ街からなくなってはいるものの、出会い系サイトではまだまだ暗躍してますよ。援助希望の書き込みは本当に多い」(某出会い系サイト運営者)

 十代の性が荒れていく一方で、政府は04年、チョンの間や立ちんぼの一斉検挙に乗り出す。都内をはじめとする各所の裏風俗が、完全に廃絶。続いて、歌舞伎町や池袋の性感やイメクラも次々に閉店へと追い込まれた。デリバリーに移行して対応しようとした業者側の狙いを打ち消すかの如く、06年5月1日には新風営法が改正。外国人や無店舗型風俗(デリヘル)に対する締め付けも厳しくなった。

「要するに85年の時と一緒ですね。ただ、今回は前回よりも厳しいので、半端な店は潰れていきますよ」(風俗ライター)

 その点、85年にすでに許可を得ている店は余裕で構える。法律への対応への仕方も心得ているし、男性が求める絶対の性的条件を知り尽くしているというわけだ。
 今まで人気を博してきた、無届けの性感やデリヘルが無くなっていくとすると、改めて見直されるのは、老舗風俗ということになる。
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新風営法施行後の風俗 風俗の歴史

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